全中理 沿革史

  

発 端

 

 大正15年5月、全国中学校理化教員協議会が大阪市で発足し、第2回協議会は福岡市で開催、第3回は東京都で開催した。
 この際、名称を「日本中等教育理化協会」として、その創基を大正15年5月にさかのぼることとした。
 その後、名称を「日本理化協会」と改めた。

 戦後、教育改革によって教育制度が六三三制となり、中学校が分離されることとなった。
 その際、日本理化協会は高等学校を主体とすることになったため、中学校においては該当する全国的な理科教育機関が欠如した。
 全国理科教育振興推進委員会の副会長より中学校理科担当教員の全国的な研究組織を結成することがすすめられ、推進委員会の中学部会で結成に当たったのが昭和28年8月であった。
 同年10月2日、全国代表者会議を開催して、翌3日「全国中学校理科教育協議会」を結成した。会長は総意によって茅誠司博士に決定し、有元石太郎、高田義之、山口菊雄、長坂亮二の代表者が固辞される茅博士に懇願し、ようやく了承を得た。

 

沿 革

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